2018/02/26(月)


近くで梅の花が咲いていました。



 2月26日と言えば2.26事件が有名ですが、今回もミニコーナー「愛知県出身の戦国武将」つながりの話を。

今回は『信長公記(全)』(B289.1オ)を参考にして、長島一向一揆を津島から桑名までを自動車で地名だけをたどるツアーを考えてみました。このツアーの良いところは、車から降りなくて良い、信号機にある地名を見て歴史を知るという点です。

スタートは信長が陣を構えた場所といわれている市内本町の弘浄寺で始まり、そこから西の155号線に出て愛西市の西保という交差点まで行きます。交差点から458号線の弥富方面に曲がり、国道1号線の尾張大橋を目指します。途中、高速道路高架下の交差点が「海老江」で信長勢に焼き払われた島の地名に登場します。その先のイオンタウンは「五明」、隣のニッケゴルフ場辺りに信長が陣を張ったといわれています。
更にその先の海南病院のある「前ケ須」、橋手前の鍋田川温泉付近の「加路戸」といった地名の場所もかつては島で、海老江と同じく焼き払われています。橋を渡ると長島に入ります。

最初の「殿名(とのめ)」は信長が最終的な陣を張って一揆勢と一番近くまで対峙した場所です。ここから長島城のあった小学校は少し一号線から離れているので割愛し、伊勢大橋を渡って最初の交差点を右折してイオン桑名辺りが折り返し地点となります。

復路は同じ道を使わず多度方面から帰るのがおすすめです。信長軍は大垣へ退却した際、道中で柴田勝家が一揆勢に襲われ負傷しました。私たちはその途中で右折して長良川大橋、立田大橋を経由してスタート地点に戻ります。途中の立田の道の駅近くの小木江城跡の森に気付くと更にポイント高いです。  (伊)
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