2018/10/28(日)

 今を遡ること2週間ほど前、北海道を旅してきました。

 2泊3日の短い旅でしたので、あちこち廻ることは出来なかったのですが、幾つかの目的地を決めてスケジュールを組んで、旅を楽しんできました。目的地のひとつは、札幌市内のモエレ沼公園。モエレ沼公園の基本設計を担当したのはイサム・ノグチ-、津島市出身の詩人・野口米次郎の息子です。

 秋の北海道は気候の変化が目まぐるしく(旅の途中で雨上がりの虹を2度見ました)、モエレ沼公園では雨に降られてしまいましたが、「セイコーマート」でビニール傘を購入して、広い公園をのんびり歩いてきました。青空と芝生を楽しみにしていたので、雨が降り出してがっかりしていたのですが、天候のためかほとんど人を見かけず、とても静かで、なおのこと美しいように思われました。「公園そのものが芸術作品」とは聞いていましたが、実際に目にして、そして自らの足で歩いてみて、ようやくその言葉の意味が分かったように思います。旅に出て良かった、心からそう思いました。

 モエレ沼公園には幾つかの施設がありますが、そのうちの一つ、ガラスのピラミッドは日曜ということもあり、幾つかのイベントが開催されていました。イベントを楽しむ子どもたちの賑やかな声を聞き、「子どもが集まる庭園にしたいね」と語っていたイサムも喜んでいるのだろうな、と思いました。子どもたちの賑やかな声が響く場所から少し離れた静かな3階に「イサム・ノグチギャラリー」があり、じっくりと展示を観てきました。展示では、イサムの言葉が幾つか紹介されていたのですが、「人の役に立つものができたら、芸術家として一番嬉しい」という言葉が印象に残りました。「生まれた時から、僕にはファミリーと呼べるものはなかった」と語っていたイサムの孤独が伝わってくる言葉だなぁ、と思いました。それにしても、札幌には4度も足を運んでいるのに、父の故郷・津島へは一度も来ていないとは!うーん、少し寂しいです。モエレ沼公園とイサム・ノグチについては、私のヘタな説明よりも『イサム・ノグチとモエレ沼公園 建設ドキュメント1988-』を読んで頂くとよく分かりますので、こちらをお読み頂ければと思います。

さて、好きな場所に行くのは旅の楽しみの一つですが、金沢に行った時は鈴木大拙館に行くことをいつも楽しみにしています。私にとって鈴木大拙館はとても居心地が良くて、庭でボーっと時間を過ごす時はいつも無上の幸せを感じます。この鈴木大拙館の設計を担当したのは、建築家の谷口吉生氏。谷口吉生氏の父親は、同じく建築家の谷口吉郎氏。この名前を聞いてピンと来る方もいるかもしれませんが、谷口吉郎氏はイサム・ノグチと共に、慶応義塾大学の萬來舎を共同設計した建築家です。自分にとって大切な場所が、こうして繋がっていることをとても不思議に思います。世界はとても広くて、そして狭いものですね。ちなみに、萬來舎とイサム・ノグチについては『萬來舎 谷口吉郎とイサム・ノグチの協奏詩』に詳しく書かれていますので、興味をお持ちになった方は、こちらの本をご覧頂ければと思います。

 ところで、私は旅に出た時はその土地にちなんだ本を読むのを楽しみにしているのですが、今回の旅では城山三郎さんの『冬の派閥』をずっと読んでいました。この作品は幕末の尾張藩が舞台となっており、主人公は『葵の残葉』と同じく徳川慶勝。30年程前に書かれた作品ですが、『葵の残葉』その後ともいえる明治維新後の尾張藩の北海道開拓移民について詳しく描かれている作品です。奥山先生の講演会前に勉強のために読む予定で文庫本を購入していたのですが、どうしても読む時間が取れずにそのままとなっていました。結果的に、北海道の広大な大地を感じながら作品を読むことが出来て、幸せな読書となりました。ちなみに、とある人には「旅先でも本ですか!?」と驚かれたこともありますが(笑)。

 次週も北海道旅行の続きを書く予定です。次回は、北海道の美味しい食べ物について、そして全くダイブしてくれなかったシロクマについてなどを書きたいと思っています。 (き)

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